社会人3年目の後輩が「仕事を辞めようと思う」と真剣に悩み中です。


彼には10代の頃から抱えていた夢があり
学生時代は夢を叶えることに没頭してきました。


しかし『社会』の足音が否応なしに迫ってきて
彼は夢を追うか、就職すべきかを悩んだ末に就職を選びました。


その理由について彼は「周囲の圧力に負けた」と話しています。
親からの期待、友人達の目、いわゆる世間体というものに負けたのでしょう。


確かに友人達が次々と内定を決めて安心しきっている中で
1人だけ就職しないというのは劣等感もあると思います。

親にも悲しまれるかもしれません。



僕の友人の中には就職しなかったことが原因で彼女に振られた人もいます。
(将来性が皆無な男と思われたのでしょう)

「就職しなきゃいけない」という圧力に耐えかねて
精神をぶっ壊して二度と就職できないメンタルになった人もいます。


マスメディアも「就職せよ」と煽ってきますし
就職への圧力はある種、宗教じみたものがありますね。


あと、彼は夢を追って食っていく自信が無かったとも話していました。


彼が追っていた夢は多くの成功者がいるジャンルですが
喰えていない人の方が圧倒的多数であり、成功には運や才能が必要とされます。
(アート系の職業です)

それもあって彼は将来を安心することができず
みんなが『安心』という就職という道を選んだわけです。



しかし就職してから数年が経ち
今の生活への不安、焦りが沸々と沸いてきたそうです。


朝日が昇ると共に電車に飛び乗って、終電で帰る日々。
家には寝るためだけに帰るような状態です。


紙吹雪が舞うように毎日がどんどん吹き飛び
気付けば二十代という輝かしい時間が労働で過ぎ去りました。


彼の職場は世間的に見て良い給料の会社なので
周囲からは羨ましがられるそうですが
どれだけ口座にお金が振り込まれても彼には使う時間がありません。


学生時代には拝めなかった額のお金が毎月口座に振り込まれることに
最初はニヤニヤと表情を緩めていたみたいですが
最近では口座のお金が増えることに何の喜びもないそうです。



「これは貯めたお金じゃなく、使えなかったお金の残高だ」



という気持ちの方が勝ってしまうのだとか。



そのような状況になればなるほど
「夢を追っていた時が楽しかった」という気持ちが強くなり
彼は仕事を辞めたいと思うようになっていきます。



ただ、仕事を辞めたいことを周囲に相談すると
決まってこのような反応が返ってくるそうです。


「今の仕事をしながらでも夢は追える」

「仕事しながら趣味として楽しめばいい」

「いざ再就職したくなった時に困ることになる」

「今の仕事を手放せば人生が詰む」


まるで彼が自殺でもしようとしてるかのごとく
周囲は必死に彼を思いとどまらせようとするそうです。


で、ちょっと系統が違う僕に相談してきたわけですね。



彼はいま『夢を追うか、社会人を続けるか』という選択を迫られていて
選択を間違えば死が待ってるかのように悩んでいます。






ところで、そもそもこれって二者択一ですかね?


お金を選べば、夢や時間は失われてしまうのでしょうか?



例えば僕が過去にインターネットビジネスを教えた友人も
彼と同じように仕事の為に夢を犠牲にしていた一人でした。


でも彼は今、一日の大半を大好きな絵を描きながら過ごしてますし
そこからお金を稼ぐということもできています。


とある友人はサラリーマンの10倍近いお金を稼ぎながら
毎日家に引きこもってバリ風の謎の家具を制作しています。



僕も昔は「音楽で一発当ててやる」などと考えてましたが
今は気が向いた時にギター弾いたり作曲して遊んでます。
(その間にもチャリンチャリンと口座にお金が振り込まれます)



僕が思うに、彼はやりたいことをやりながら
飯を食う人生のハードルを高く考えすぎです。


今の仕事より時間を確保できるビジネスを行えば
夢なんて2つでも3つでも追えます。


彼が夢を追って成功できるかは運や才能に左右されますが
ビジネスで彼一人が幸せになれるだけ稼ぐのは努力だけで何とでもなります。
(少なくとも夢追って成功するより圧倒的高確率)


彼が今の仕事に捧げてる時間や労力をビジネスにでも注げば
半年から1年で今の給料超えるぐらい全然射程圏内です。



もちろん忙しく働かなきゃ回らない仕組みを作っても生活は激変しませんが
システム化された収入の仕組みを持てば彼が寝てようが飯食ってようが
仕組みが勝手に働いて収入をもたらしてくれます。


結果、彼は労働のために人生を擦り減らす必要がなくなり
お金のためにやりたいことを我慢する必要がなくなり
「仕事辞めたら死ぬ」という謎の呪縛から解放されるわけです。


夢を趣味として気楽に楽しむのもいいでしょう。
今まで通り夢としてガッツリ追うのもいいでしょう。


何なら新しい夢を開拓するために色々習い事をやってみてもいいし
何もせずに老人に混じって昼間からプラプラ近所を散歩するのもいいでしょう。



そんなニート暮らしの彼を見て周囲の人達は
汚物でも見るかのような冷ややかな視線を送ってくるかもしれません。


自分より遥かに低収入で忙しく働いてる人間から
人生の生き方について偉そうに説教されるかもしれません。


「あいつはいつか不幸になる」と
嫉妬混じりな口撃をしてくる連中もいるかもしれません。



んなもん、ほっときゃいいんです。
世間体なんてものは腹を膨らませてくれないし心を豊かにもしてくれません。

世間から認められたところで人生裕福にはなんないです。



結論を言うと、仕事辞めたって彼の人生は詰みません。
むしろ稼ぎ方を変えれば今より裕福になれます。



そしてそれは世間が思ってるほど難しいことではなく
昇給のために何年も努力するより何倍も楽なことですし
宝くじ買ったり馬券買ったりするより、よほど現実味のある人生の変え方です。



PS.

このような話をすると、こういう反応をする人がいます。


「そんな事ができるのは既に大金を持ってる金持ちだけだ」

「そんなのは一部の天才にしか持てないスキルだ」


まず、大金が必要なのか否かについて。


不労所得の仕組みを保有するために大金が必要というのはかなり古い認識です。
(僕がビジネススタートした時の貯蓄額はマイナス200万円以上です)


確かに一昔前なら、不動産投資や土地売買のように大金が必要だったでしょう。
でも今はインターネットが発達した21世紀です。

何千万円、何億円と叩いて実物の土地を買わなくても
月に500円ぐらい出せばネット上の土地(サーバー)を借りてそこで商売できます。
(だから逆に大金叩いて冒険なんかしない方がいい)


次に、仕組みを作るのに才能が必要なのかについて。


稼げるビジネスモデルというものは、もうテンプレート化されています。
(モデルを真似するだけなら小学生でもできる難易度です)


商品を売るためのセールススキルも
100年以上前から研究され尽くして解明されてることです。

ジャパネットたかたやその他の通販会社は
どこもみんな同じセールスの仕方をテンプレートのように行ってますよね。

それを真似するだけの工程に才能もクソもないでしょう。
(第一人者になるのではなく第一人者が切り開いたレールの上を歩けばいいのです)



もちろん第一人者として道を切り開こうとしたり
年収何十億円もの大企業を作るには才能や運も必要かもしれません。


でも個人とその周辺の人が自由と幸せを手にするのに
そんなに大金必要なくないですか?


わざわざ大変な思いして第一人者になる必要もなくないですか?



せいぜい月100万円ぐらい稼げれば自分と周囲を幸せにするには事足ります。
つまり、天才の領域なんてはじめから目指す必要ナシです。


月100万円ということは、1日に約3万円稼げばいいわけですね。
1万円の商品を3本だけ売れば達成できます。


日本のネット人口は数千万人から1億人規模です。
その中から毎日3人に商品を買ってもらうだけ。


これを一部の天才にしかできないことだと言うのはさすがに怠慢です。