たつもんです。



今月は、我が家の犬の命日でした。



最後に一緒に撮った写真の日付は2011年。
いつの間にか5年という月日が流れました。



部屋の窓からボケーーっと
形を変えて流れていく雲を見ていると
時間は決して止まらないということを思い知らされます。



5年前、僕はビデオ屋のアルバイト店員でした。


毎日決まった時間に、決まった服装で、
決まった場所に向かい、決まった業務をこなして
1時間850円ほどもらって生活していました。



『その日』の朝もいつものように
眠い眼で玄関の扉を開けようとしたのですが
『予感』を感じて胸がソワソワしたのを覚えています。




老犬だった彼は数日前に突然足が動かなくなり
玄関から歩けなくなりました。


おトイレにもいけず、ご飯を食べにもいけず
玄関から一歩も動くことができません。


しかしおトイレに行きたくなると
悲痛な声にならない声を絞り出しながら
上半身だけバタバタと這いずってお外に出ようとします。


「家の中でしてはいけない」と教育されてきたからでしょうか?
怒られると思って必死に外へ向かったのかもしれません。



ですが、いくらバタバタ動こうとしても
ほんの1メートル先のお庭までも
彼はもう自力で辿り着くことができないのです。



僕も家族も、そんな悲壮感が漂う彼を見る度に
「もういいよ」「無理しなくていいよ」
と胸が張り裂けそうになる思いでした。



そのように、毎日玄関で苦しそうに鳴いていた彼が
「今日にも逝くかも…」というのを、あの日の僕は感じていました。



ですが玄関で彼の頭を撫でた後、
僕は玄関を出てバイトに向かいました。



「彼に触れるのはこれが最後になるかも」



そう感じてはいながら、僕は玄関の扉を締めました。




人間「その瞬間」がこないとリアリティを感じないものです。



心の中にはどこか「今日も家に帰れば彼がいる」
という気持ちもあったのかもしれません。





午前の仕事が終わりクタクタになって休憩室に入ると
母親からメールが入っていました。



「病院に連れていきたいから車を貸して欲しい」



母親は僕の返事を待たずにタクシーで職場まで駆けつけました。
相当切羽詰まっていたのでしょう。


その時、母親にこんなことを言われました。



「もう、本当に最後になるよ。帰っておいでよ」



その言葉を聞いた瞬間、
彼と過ごした10数年の記憶が
走馬灯のように駆け抜けていきます。



『いつか訪れる最期の時は、絶対に一緒に居たい』



昔からそのように思っていたのですが
今まさに、その瞬間が訪れようとしていました。



しかし、そんな願いをかき消すように
ある感情が心の中に顔を出します。



「一人レジを抜けると仲間が大変になる」


「あと5時間でバイト終わりだし、そこまではやり遂げなくては」


「親の危篤ならまだしも犬って…許されるのか?」




30分後………



僕は、レジを打っていました。




僕の心の天秤は『彼』ではなくて
『仕事』を選んでしまったのです。



仲間が大変になる…って聞こえは良いですけど
結局は自分が責められるのを避けたかったわけです。



「大丈夫、帰って玄関を開ければいつものように彼がいる」



という気持ちがどこかにあったのも事実です。



いつものように僕が玄関を開ける音に反応して
シッポをブンブンと振って駆け寄ってくると思っていたのです。



そして淡々とレジ打ちをして2時間後。



再び休憩室に入ると携帯にメールが入っていました。



メールには一言




「死んでしまった。」




瞬間、周囲の雑音がシーンと静まりかえり
目の前の全ての色が消えていきました。



たった一言の文章は僕の心を真っ白にしました。



血の気が引く…ってやつかもしれません。




ようやく僕は上司に「犬が死んだので帰る」と告げ
職場を飛び出しました。



車は母親が持って帰ったので家まで徒歩で1時間。



頭真っ白で放心状態で
もはや、どんな感情を抱いていたかは覚えていません。




家の玄関を開けると、この10数年の間に
体験したことが無い世界が広がっていました。



西日が射しこむ玄関が
ガランとして静まり返っています。



玄関が開く音がすると誰よりも早く走ってきて
僕のもとに飛び込んできた彼が『いない』のです。



彼はリビングのベッドの上にいました。



寝ているのではなく死んでいるのです。



僕が名前を呼んでももうシッポを振ってくれません。
耳も動かしてくれません。



二度と僕の呼びかけに反応してくれないのです。




寂しがり屋の彼は一人になることが嫌いでした。



常に、誰かの傍にいないと嫌だし
みんなに構ってもらえないと鳴きだします。



足が動かなくなり、自分では歩けなくなると
彼は今までに聞いたことがないような悲痛な声で鳴きました。


玄関から人の姿が消える度に
絞り出すような声で鳴きました。



「いかないで」「一人にしないで」
僕には、そのように聞こえていました。



もう自分から歩いて人に歩み寄ることはできないから
彼は絞り出すような声で訴えていたのです。



ですが、僕は仕事に行きました。
結果として彼の最期を看取ることはできませんでした。




生物はいつか死にます。



そして犬はあっという間に
僕たちの年齢を追い越し、先に逝きます。



それは昔から分かっていたこと。
ただ『リアリティ』が足りてなかったのです。




親でもそう。恋人でもそう。「自分」もそう。
いつか、必ず終わりがやってきます。



体験するまではリアリティが無いですが
いつかその時は必ず訪れ
心が真っ白になるほどの喪失感をもたらします。






その日の夜は、親戚や彼女も訪れてくれて
彼との最後の夜を共に過ごしました。



もう目を開かない彼の頭を撫でながら
「朝なんてこなければいい」
とも思いましたが、時間は止まらないものです。



翌朝、彼は綺麗なたくさんの花に囲まれて
大好きだったぬいぐるみと共に木の箱に乗り
長年過ごしたお家を去っていきました。



「さよなら」



ポツンと一言、それしか言えませんでした。



相変わらず青空には雲が流れていくように
やっぱ時間は止まらないものです。





火葬が終わり、家に帰ると
ガランとした無音の玄関が広がっていました。



いつもより静まり返った家に立ち尽くし
ふと足元をに目を向けると



彼がいつもお水を飲んでいた
ピングーの洗面器が目に飛び込んできました。



この洗面器には
もう二度と水が注がれることはないと悟った時


壁が決壊したように涙が溢れて止まらなくなりました。



外で蝉がミンミン鳴いていた、夏の終わりの出来事です。




そして僕は『自由になりたい』と願いました。



それまでは「仕事は嫌だ」「自由が欲しい」とは思っていても
具体的な行動に移すという段階には至っていませんでした。



このままでいるとこの先どんな後悔が待っているか?



というリアリティが欠如していたのです。



僕のバイト先は寛大な心がある方で
「犬が死んだので帰ります」と言ったらすぐに帰らせてくれました。



しかし、職場によっては
「親ならまだしも犬では許されない」
というような価値観もあります。



というよりも現実では…
「親の死に目だろうと許さない」という会社だってあります。



価値観やルールは会社が決めるものですし
契約をしている以上はそれに従うしかありません。



嫌なら、自分で会社を持って
自分でルールを作れよというのが正論です。



だから僕は個人事業で独立をしようと考えました。




親だからとか、犬だからとか
種類によって区別をしない世界。



『大切なもの』を何よりも優先することができる世界。



子供の頃に見て憧れた世界。
ネバーランドのような世界を作ろうと思いました。




その後、色々と回り道もしましたが
今やってる仕事であるアフィリエイトに出会うことになります。




気付けば、独立して2年半という月日が経ち。
『あの日』からはどんどん遠ざかっていきます。



僕のブログやメルマガでは


「労力が必要なアフィリより自由になれる方法を追求すべき」

「仕事も大事だけどそれ以上に遊びが大事」

「やりたくないことは、やらなくていい」



とか言ってることを多く目にすると思いますが
その根本には『あの日』の体験があります。

たつもんのメルマガというのはこちら


あの、どうしようもない後悔の念や
感情がバラバラになるような悲しさを
僕はもう二度と体験したくはないです。



同時に、僕の文章を読んで、慕って、信用してくれた仲間にも
このような体験をして欲しくないと強く願います。



そんな理念の火が灯ってくれているから


僕は今日も元気です。



今もこうやって、生きていけてます。



今では、自分が大切に思うことを
何よりも優先して行動ができるようになりました。


参考記事
葬式の為に有給申請して仕事休む…そんな時期もあったな



そして今の僕には夢があります。
将来、たくさんの犬に囲まれて生活することです^^



ポカポカ陽気の真昼間に広い庭がある綺麗な家で
庭を元気に駆け回るわんこ達の姿を見ながらうたた寝したい。



朝起きてから夜寝るまでずっと『大切なもの』に囲まれて
常にそれを優先して生きていく世界。



それが僕の人生の最終目標であり



まさにここがネバーランド。



と自分で言えるような場所を作りたいですね。
精神だけではなく、現実的に。



そして、その世界では
僕と同じような価値観を持つ者たちが同じ旗の下に集い
共に自由の喜びを分かち合えたのならベスト。



そんな僕の願望通りな未来を実現するためにも
これから先も自由人を増やしていきたいです。




あなたの夢は何ですか?


どんな願いを実現したいですか?



誰にだって、始まりの物語があるはずです。


今回は僕のお話でしたが、きっとあなたにも
自由を思い描いたキッカケがあるでしょう。



辛くてキツくてヤバイ時はそれを思い出してみてください。


『諦められない』理由がそこにはあるはずです。




ではでは